嵩屋天狗堂~はてな支店~

オフロードバイクアリマス。

梅雨の平日に上野に行った話をエッセイ風に。

嵩屋天狗堂・番頭ののりまつでございます。上野に行ったってだけの話を文章にしていたら、最近少しだけ読みかじった「日和下駄」の影響か、妙に随筆っぽくなってしまいました。せっかくなのでそのつもりで仕上げて見たのですが、単なる激寒自分語りになっているような気もしています。このブログ自体が基本、激寒自分語りだからいいかな。
長文だし古くさいじじくさいけれど、もし読んでやってもいいと思われたらお付き合いください。ちなみに登場する音楽は、のりまつの親よりもう少し上の世代向きです。「音楽組」で大利根名月座をやっているので、音楽の世界観が古めになっています。


徒然上野山


 雨も降るんだか降らないんだか、思い切りの悪いダラダラとした今年の梅雨。この日も晴れ間のある予報だったが、オートバイに乗るにも目ぼしいツーリング先は雨予報。そんなわけで、一人の平日休みは東京散歩で知識欲を満たすこととなった。

 今回の目当ては国立博物館で開催されている「特別展 三国志」。いつの頃からか興味を持ち始めたが、おそらくゲーム会社「KOEI」あたりの策略にハマった結果、と言っても過言ではない。もっとも私のハマったのは三国志ではなく「信長の野望」。プレイヤーが織田信長徳川家康と言った武将を操り、内政や外交で国を富ませ、戦争をしながら全国統一を目指すシミュレーションゲームである。他のファミコンソフトとは一線を画す背の高いカセット、そして9800円という目のくらむような高額。貯めたお年玉を思い切って突き崩し購入に踏み切ったのは、数十年経った今でも甘酸っぱい思い出だ。

 発端はともかく、KOEI発・信長の野望経由で三国志にハマった事は、私の人生を確実に豊かにした。折角の休日を、悪天にふてくされ家で猫とダラダラ過ごすことなく、電車に乗って決して近くはない東京・上野にまで足を運ぶという消費行動をしている事ひとつ採っても、その証左といえるであろう。

 今では珍しくなった「上野行き」の列車に乗る。着いたホームはいわゆる「下のホーム」13番線。終着駅型のホームで、発車ベルはノルタルジイあふれる「あゝ上野駅」。この曲を聴き、誰か故郷を思わざる。
 新幹線も飛行機も身近でなかった時代、東京から故郷に帰るというのは現代とは違う意味を持っていたと思えてならない。朝のドラマでも、昭和30年代では新宿から北海道に帰るのは三日を要すると言った描写もあった。
 そんな郷愁を抱えながらも数十年、頑張り抜いた世代もはや定年。そして家族を愛し、自己を実現し、かくして真摯に幸せを求めるのはその子息の世代とて変わることはなかろう。いつの世も、辛いことは形を変えて在るものだ。

 上野駅の公園口から降りて歩く。平日だというのにまあまあの人出がある。「東叡山」すなわち東の比叡山を名乗る上野の山は、霊視のできる漫画家・伊藤三巳華氏によると、江戸城の鬼門を「にぎわい」で封じた場所。その姿は400年以上経った今も変わっていないようだ。むしろ多種多様の人種が往来し、華やかさでは当時を凌ぐかもしれない。

 時刻は11:30。遅めの朝食だったせいもあってかまだ腹は減らない。昼食には早いし、一度展覧会に入ってパーッと観て出て来れば良いだろう。

 文化会館と西洋美術館の間を抜け、広場に出たら右へ。噴水を横目に見て突き当たると、今日の目的地・東京国立博物館にたどり着く。左手に大きく「特別展 三国志」の広告。敷地に入るのにチケットが必要だが、インターネットで購入済みで並ばすにゲートを通過。左の奥にある平成館を目指し歩いていると、日差しが出てきた。こんな事ならオートバイで来ればよかった、と思いながらも帰りのことを考えると、やはり電車でよかったとも思う。見学後は間違いなく、麦から作った発泡性のアレが欲しくなるに決まっているのだ。

 館内でのチケットチェックを済ませ二階へ。私はデエト等の親睦を深める目的がある時以外は、いつも音声ガイドを借りる事にしている。ただ見るよりも世界が広がるだけでなく、ナレーターの声・BGMなどどれをとっても耳に心地よい構成である事が多く、3倍楽しむ事ができる。
 これまでで印象が強かったのが、同じ上野の東京都美術館で開催された「モネ展」で音声ガイドを務めた声優・恒松あゆみ氏。ガンダムシリーズ最大のキーパーソン、シャア・アズナブルことキャスバル・レム・ダイクンの母親(アストライア)の声優を演じた。彼女の淡く優しく芯の強い声質のガイドのおかげで、退屈だと思い込んでいたモネの睡蓮が好きになったという経緯がある。今回の三国志展ではKOEIと協働しているようで、音声案内もゲームの登場人物の声優が担当している。曹操が、発掘されたばかりの自分の墓についてどう語るのか楽しみである。

 音声ガイドを装着しいよいよ中へ。展示の冒頭の部分では初歩的な知識が語られている。私程度の三国志好きでも、「三国志」の正史と「三国志演義」の違いぐらいはだいたい解っている。しかしこういう所には、得てして知ったかぶる手合いがいるもので、この人種の講釈はあまり耳触りのよいものではない。それを防ぐにも音声ガイドは効果的だ。
 私はこのような展覧会を見学する時の心がけとして、物語はそれと弁え、歴史もまた確証などないと弁え、その上で貴重な発掘品と研究の成果を味わうべし、と留め置くようにしている。歴史は「今」の積み重ね。「今」の自分の行動について「なぜそういう行動をしたのか」逐一説明できる者が、果たしてあるだろうか。自分でもわからない事の積み重ねを、後世の誰もが確証などできるはずもない。だから歴史は面白いし、クリエイティヴな人々にとっても料理し甲斐があるのだろう。
 今回の展覧会は、羅貫中を始めとした古今東西クリエイティヴな人々の描いたフィクションに含まれる史実を、発掘品や文化財等を展示する事によってノンフィクションの物として提示し、空想や幻想が目に見える形として捉えることができる、稀有な機会だと感じた。
 ただし私の如き素人の野次馬は、過去の人の足跡に思いを馳せ、壺の柄の一筆一筆に体温を感じ、記された名に人生を慮る事を楽しむのがせいぜい。しかしこうした体験は、私の少ない知識の蔵をいつもピカピカにしてくれる。これが大変心地良い。

 心が満足したところで、屹度喉が渇いてくる。同士の方々ならお分かりだろう、お茶や果汁では癒やされない類の渇きだ。オートバイで来なくてよかったと、思い返す。そして時計を見れば15:30を回っている。入場してから4時間近く。「パーッと観て出てくる」など、貧乏性の私にはどだい無理な話であった事に、一方ならない空腹感と共に思い知らされる。

 国立博物館を出て、食事処の宛てもないまま何となくアメ横方面を目指す。彼の地ならリーズナブルに食欲を満たしてくれる何かが屹度ある。広い噴水通りの、東に並行する道を京成上野方面へ。文化会館の方には曲がらずさらに進むと、右手に清水観音堂への参道が目に入る。前を通るのも何かの縁、お堂の前に参じ手を合わせる。西洋人のグループがちらほらいたが、手も合わせずに写真ばかり撮って行ってしまう。何を撮ったのか解っているのだろうか。かの人らは、祖国の教会でもあのように騒がしく神前に頭を垂れることもなく写真を撮って行ってしまうのだろうか。もっとも日本人自身があまり大切にしているとは言い難く、外つ国の人々を責めるべくもないが。
 
 西郷どんの前から階段を降り、上野の不忍池口辺りへ出る。すると大きな横断歩道の向こうに「麦酒と日本酒と蕎麦」とある看板が目に入る。蕎麦を愛し、日本酒を嗜み、今まさにビイルを渇望し空腹感で一杯の私を名指しで呼んでいるような看板ではないか。体が勝手にかの店の前に誘い込まれる。

 その看板には「TOWA」と書かれていた。意味や由来はわからないが、とにかくこれが店名であるようだ。店は二階にあり、階下のショウケースにはサンプルが並んでいる。蕎麦にミニ丼セットなど、あれこれ食べたい欲と空腹感を絶妙に満たしてくれるラインナップ。しかしまあ、良くある和食堂のスタイルではある。
階段を登ると、あったのは洋風居酒屋。サンプルから想像できるような和食店は見当たらない。しかし他に店舗はないし。とにかく入ってみる。

 カウンターと、テーブル席が6つぐらい。1人なのでカウンターに腰かける。先客の男性が独りビイルを飲んでいた。西洋の人らしく、白い肌が赤くなっているのをひときわ目立たせる。バーに西洋人、一杯飲み屋に日本人。音楽はジャズと演歌で違いはあれども、呑んでいるものは同じようなビイルで、独り呑みの横顔もまた同じように哀愁が漂うものだ。侘びながら手酌酒も、たまには必要なのである。

 メニューを見ると、確かに階下のショウケースにあったモノが記載されている。入り口と店内にこんなにギャップがあるのも珍しい。そのメニューの中で目を引いたのがやはりビイル。A4の名刺整理帳に名刺サイズの地ビイルの紹介カードが一杯に差してある。時々で変更されるのだろう、こうした生きたメニューは再訪を企図させる。もちろん大手の量販のものもあるが、ここは地ビイルを呑まない手は無い。

 最近横文字に弱くなり、商品名や外国人俳優の名前が覚えにくくなっている。そんなわけで呑んだビイルがなんという名であったか思い出せないのだが、頼んだビイルはジョッキというより大きなタンブラーに、泡もなくなみなみと注がれて出てきた。一見すると麦茶のようであるが、口に含むと果物香があり、強い苦味があり好みの味わいだ。平日限定のハッピーアワーで、小洒落た和洋折衷の小料理が5品、長皿に盛られてくる。塩ッ気と歯ごたえとクリームチーズで、絶妙に酒が進む工夫が施されているようにも感じられた。これのせいで一寸一杯のつもりで呑んだのが、2杯目を欲する結果となってしまった。

 1杯目のものも旨かったが、やはりビイルは泡がないのは味気ない。そして比率は諸説あるだろうが、大学生の時分から7対3がよいと感じていた。そんな事をサークルの先輩と呑みながら力説してしまったら、その後呑むごとに「あ、7対3にならなかった、ごめーん」と揶揄される羽目になったのは、未だに仲間内では笑いの種となっている。

 2杯目も銘柄は忘れてしまったが、IPAであったことは覚えている。インディアン・ペール・エールの略で、これに出会ったのは地元の酒屋。「インドの青鬼」という商品名でヤッホーブルーイングという信州の会社が作っている。
 なんとなく手にとって興味本位で口にしたわけだが、芳醇な香りと暴力的な苦味が織り成す強烈な味わいで、一発でほれ込んでしまった。お値段とアルコール度数が高めなので毎日呑むわけには行かないが、ヱビスビールと並んで自分へのごほうびの一つとなった。
 この「インドの青鬼」のような製法で作られたビイルをIPAと云うのだそうで、それから様々な種類のIPAをちらほらと店先で見るようになった。ちなみにどんな製法であるかは調べていない。

 この、ビイルの味わいを極端にしたようなIPAが、7対3で、くだんの大きいタンブラーに注がれて出てくる。泡を上あごに捉えてその下をくぐらせるようにビイルを口腔内に流し込む。泡の蓋に閉じ込められた麦の香りが一気に頭蓋骨内一杯に広がる。そして泡の柔らかな食感と融合したビイルが、コクのある苦味として喉奥を冷やし、ゴキュッと音と立てて炭酸の刺激と共に腑に落ちていく。ビイルの香りが、苦味が、刺激が、体中にしみわたり指の先までも駆け巡り、その快楽にわが魂はうつろにたゆたうばかり。まことビイルとは、この世にあまたある宝のうちの一つといえよう。

 思いがけずいい酒が呑めた。比較的来易い上野の、駅すぐ近くにこのような店があったとは。子どもの頃、東京といえば上野であった。電車はすべて上野行き。中目黒の親戚の家に行くのに、ここから日比谷線に乗っていった。また上野動物園にも連れてきてもらった事がある。何度か上野に来るうちに、駅も覚えた。「おく」という駅などは、「奥」にあるから「おく」というのだと思い込んでいた。付近にある操車場に見た事がない車両がたくさん並んで居たのも、幼い観性には「奥っぽさ」を醸し出していると映った。それが「尾久」という地名であり、さらにはバス停は「おぐ」と読むのだと知ったのは大学生になってからの事。しかしながら幼少の頃からそうした体験をさせてくれた両親には、今でも感謝している。


 東京、上野。山や谷だらけのいびつな土地に形成された、いびつな都会。そのいびつさゆえか、食欲や知識欲、審美的欲求を満たすだけでなく、ノスタルジィをも感じさせる場所でもあった。就職列車にゆられて着いた記憶はなくとも、上野はおいらの心の駅だ。明日もくじけちゃならない人生を、歩んでいくこととしよう。



【参考資料】
あヽ上野駅 井沢八郎
youtu.be

誰か故郷を思わざる 霧島昇
youtu.be

酒よ 吉幾三
youtu.be

スーダラ節 植木等
youtu.be
好みで本家じゃなくこっち。くそう、徳井め・・・


特別展 三国志
sangokushi2019.exhibit.jp

信長の野望
youtu.be

三国無双
youtu.be

スピ散歩

スピ☆散歩ぶらりパワスポ霊感旅 2 (HONKOWAコミックス)

スピ☆散歩ぶらりパワスポ霊感旅 2 (HONKOWAコミックス)

恒松あゆみ
youtu.be

水観音堂の「上野山月のまつ」歌川広重
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TOWA
towa-ueno.gorp.jp
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ヤッホーブルーイング
yohobrewing.com